実際のところ、フランキンセンス精油にボスウェル酸は含まれているのか?

 実際のところ、フランキンセンス精油にボスウェル酸は含まれているのか?

ロバート・ティスランド  

 フランキンセンスは、種によっては(特にBoswellia serrataB. sacra)、数種類のボスウェル酸boswellic acidを含有しており、これらの成分は特に抗腫瘍性があるとされ、11-ケト-β-ボスウェル酸は治療上、最も有効な成分のひとつとされています。(Roy et al 2019)しかしながら、フランキンセンスの精油にボスウェル酸が含まれているかどうかについては、私を含めた様々な専門家の間で、20年以上前から議論が交わされています。

 このような議論が起きている理由のひとつは、フランキンセンス精油は様々なボスウェル酸が含有していることから抗発がん作用があると言われているのに、フランキンセンス精油の成分分析では、実はその成分が検出されていないからです(例としてはMertens et al 2009, Niebler & Buettner 2010, Ojha et al 2022, Van Vurren et al 2010など)。これに対して、ボスウェル酸類は不揮発性であるため、通常のガスクロマトグラフ質量分析法(GC-MS)では検出されず、揮発性に加えて非揮発性物質も検出できる、高速液体クロマトグラフ(HPLC)を使う必要があるのだという反論があります。しかしながら、もしボスウェル酸が揮発性でないというのなら、どうしてそれが精油に含まれていると言えるのでしょうか?あるいは、精油には本当に揮発性化合物しか検出されないのでしょうか?それでは、エビデンスにあたってみましょう!

蒸留精油中に不揮発性化合物は含まれるのか?

 精油成分のほとんどはVOC(揮発性有機化合物)類です。また、VOCに関する分類には、VVOC(高揮発性有機化合物)、SVOC(半揮発性有機化合物)、NVOC(不揮発性有機化合物)などがあり、通常の大気圧における沸点で決定されます:

表1:揮発性有機化合物の分類 

 ”沸点”とは、物質が気体や蒸気に変化し始める温度のことで、大気圧によって変化します。例えば、ベルガプテンは沸点が412℃であるため、不揮発性と言えます。興味深いことに、蒸留精油の中に半揮発性成分や不揮発性成分が存在することは、実際にあり得ることなのです。ちなみに、半揮発性成分であるクマリンは、ラベンダー(Lavandula angustifolia)精油中に含まれています。ベルガプテンに代表されるフラノクマリン類は、一部の柑橘圧搾精油に含有される成分で、光毒性の原因物質です。これは柑橘類の蒸留精油にも含まれていますが、その含有量は圧搾精油に比べると、非常に少なくなっています。例えば、HPLC分析では、レモンの蒸留精油は、その圧搾精油に比べてベルガプテン含有率が22分の1(0.000125%、0.00275%)であり、シトロプテンの場合は(0.000193%、0.17943%)が930分の1で、この事実は蒸留精油が多少のフラノクマリン類を含んでいたとしても、実際には光毒性がないことを示しています(Li et al 2021)。分析面から考えると、フラノクマリン類は柑橘圧搾精油のGC-MS分析で検出されることが多いのですが、正確に定量するためには、HPLCの方が明らかに向いています。

 さて、フランキンセンス精油には、GC-MS分析で1%程度の大きめな分子類が現れることがあります。これらはインセンソール(沸点 428.8℃)や酢酸インセンソール(沸点 420.1℃)などで、不揮発性有機化合物に分類されます。しかしながら、ボスウェル酸類の沸点は、いずれも500〜600℃の範囲にあります。このことは、ボスウェル酸の分類が便利な指標とはなるものの、実際どの分子が精油中に現れるか、あるいは現れないかを常に定義するものではないことを物語っています。なぜかと言うと、それ自体もばらつきを出す蒸留時の諸条件によっても変わってくるからです。

 分子量もまた、考慮しなければなりません。分析化学者のロブ・パパス博士も、ボスウェル酸類とフランキンセンス精油についての論文を書いていますが、その中でとりわけ分子量について言及しています。彼は、蒸留精油に含まれる最も大きい分子は大抵スクラレオールというジテルペンで分子量は308.5、一方でボスウェル酸はトリテルペンであり、11-ケト-β-ボスウェル酸の分子量は470.7であると考察しました。一般的なガイドラインとして、分子量が300を超える分子は揮発性がないとされていますが、沸点と同様、これは絶対的なルールではありません。

 以下はパパス博士のコメントです。

「…ボスウェル酸の標準サンプルを用いた実験では、純粋成分の溶解液を用いて、GCの進行条件を摂氏260度で総分析時間140分まで引き上げた時でさえ、当該成分の痕跡を検出しなかった(通常のGC分析時間は30~60分)。これは、水蒸気蒸留によって精油中のボスウェル酸を得ることは、わずか数パーセントあっても物理的に不可能であるという非常に有力なエビデンスである。」

          Boswellia sacra の木、オーマン

 溶解性も、もうひとつの要因です。パパス博士はFacebookの投稿で、ボスウェリア酸は、フランキンセンス精油にほんの少量でさえも溶け込ませることができなかったことを指摘しています。

「…電子レンジで爆発させても、どんな方法で加熱しても、激しくかき混ぜても、レーザー光線を当てても、どんな方法を使っても、ボスウェル酸はその精油に溶けることはなかった。」

 ですから、GC-MSで表示されなくても、フランキンセンス精油にボスウェル酸が存在しているという可能性は皆無ではないものの、やはり疑わしいといえます。溶解性がないこと、沸点が高く分子量が大きいことを考慮すると、仮に存在したとしても極めて少量であると思われます。大きい分子は特定の条件下でないと蒸留精油に含有されないこと、大きい分子ほど蒸留で得られにくくなることを考慮に入れることが重要です。また蒸留時間が長くなると、より大きい分子を多く捕らえることができますが、一方で不快臭が増し、時には毒性の強い精油になる傾向があります。

フランキンセンス精油に含まれるボスウェル酸の報告

 フランキンセンス精油の成分としてボスウェル酸類が初めて言及されたのは、おそらくFrank et al(2009)の論文であり、そこには次のような記述があります。

 「フランキンセンス精油の主成分のひとつであるボスウェル酸は、抗新生物作用があることが知られている成分である。」

しかし、この論文には、精油にボスウェル酸類が含まれているというエビデンスはなく、エタノールとメタノールの抽出物に含まれていると書かれているだけなのです。

「Chevrier et al.は、フランキンセンス(樹脂)の薬理成分研究の中で、Boswellia carteri樹脂のエタノール抽出物にボスウェル酸7種類が検出されたと報告した。また、Akihisa et al.は、Boswellia carteri樹脂のメタノール抽出物は、ボスウェル酸を含む15種類のトリテルペン酸と2種類のセンブレン型ジテルペンから成ることを報告している。」

つまり、ボスウェル酸類が「主成分」であるという記述にエビデンスはなく、著者らは樹脂と精油を混同しているようです。こうして根拠のない神話(噂)が生まれるのです。

 フランキンセンス精油がボスウェル酸類を含むと言う最初の分析データは、Suhail et al(2011年)のHPLC分析によるもので、100℃で蒸留したB. sacra精油中のボスウェル酸は30.1mg/mL(約3%)であったと報告しました。しかしながら、このオマーン在住のイラク人化学者Suhail博士から私への私信によれば、「これは減圧蒸留で実現したもので、その事実は論文に書かれていない」とのことでした。

彼はこう続けました。

「ボスウェル酸は、よく設計された装置で減圧すれば、ボスウェリア属の植物から得られる精油成分として蒸留で得ることができる。しかし、その方法はボスウェル酸を抽出するための最良の方法でも、それに近いものでもない…。我々にとっては、フランキンセンス精油にボスウェリック酸が存在するかどうかは重要ではなく、何の意味もない。」

 通常、蒸留時に不便な程の高温でしか沸騰しないような物質や、大気圧下で沸騰すると分解してしまう物質を扱う場合、減圧蒸留はより低い温度で成分が気化するため、実施されることがあるのです。しかしながら、フランキンセンス精油の商業生産には減圧蒸留は使われていません。

 報告された3%のボスウェル酸類について、もう少し詳しく見てみましょう。続いて発表された、同じくSuhail博士の共著論文(Ni et al 2012)では、ボスウェル酸類に関する同じデータが報告されていますが(つまり、これは2回実施されたのではなく前回の結果を掲載した)、この論文では、精油が4つの画分(フラクション)に分けられ、最も大きい分子が集められた画分にのみ3%検出されたことが明らかにされています。最も軽い分子の画分には、ボスウェル酸類は0.09%しか含まれておらず、おまけにこれは12時間の減圧蒸留によるものでした。(簡単に言うと、ここで言う分画法とは精油を成分の分子量によって「画分(フラクション)」と呼ばれる4種類の「精油」に分ける作業のこと)

Suhail博士の蒸留装置

 Suhail博士は私にこのように言いました。

「抽出過程に関するその論文の記述は、間違っている。私たちの抽出過程の記述が“一般的ではない”こと、蒸留後の処理(分画法)をしていたからという“ナンセンス”な理由で、この論文の校訂者がフランキンセンス精油の一般的な抽出過程の説明を書き加え、私たちの記述を却下したのだ。」

Suhail博士から送られてきた写真によると、どうやら明白に減圧設備が付属しているように見えます。

蒸留時間

Trygve Harris  オーマンにて撮影

 Suhailらはまた、フランキンセンスの商業的な蒸留の多くは6〜7時間であるのに対し、12時間という異例の長さで精油を蒸留しました。通常6〜7時間で実施される理由は、(a)7時間以上蒸留しても精油の収油量はそれ以上増えない、(b)蒸留を続けると蒸留釜内での逆流や化合物の劣化により精油の香りが悪くなる、からです。Yadavら(2018)のClevenger装置を用いた実験では、B. serrata樹脂をそのまま、または粉砕物のいずれかで使用した場合、樹脂そのままでは7時間後、粉砕樹脂では6時間後以降は精油収油率が増加しないことを明らかにしました。

 オマーン在住のアメリカ人でB.sacraを蒸留しているTrygve Harrisは私にこのように説明しました。

「私たちは通常6〜7時間かけて蒸留しますが、セスキテルペン類についてはある程度で切り上げます。私たちは、精油の活性のみならず香りの特徴も重視しており、追加の時間をかけてより多くの精油を絞り取ることで生じる劣化した香りは求めていませんので。ボスウェル酸類はバイオマスに残留します。私たちは、そのボスウェル酸を利用していますが、その際蒸留法は役に立ちません。(私見ですが)精油は長く蒸留しすぎると吐き気を催すような、尾を引く臭いがするからです。」

 また、Suhail博士によると、減圧をしなくとも、56時間蒸留したフランキンセンス精油から、ボスウェル酸類の痕跡を発見したとのことでした。とはいえ、この場合は蒸留が長時間に及ぶことから、やや不快な香りのする精油が生成され、商業的に成立しない可能性があるばかりか、そこまでしてもボスウェル酸類は極微量しか得られないのです(微量とは0.01%未満)。

 その後の研究で、HPLC分析を用いて定量したB. sacra蒸留油中のボスウェル酸類が0.1%であったことが報告されていますが、この研究にはいくつかの問題がありました(Al-Harrasi et al 2017)。精油がどのように抽出されたのか、つまり蒸留装置(実に蒸留についての言及は全くない)、時間、温度などの情報がなかったのです。これらの要素はすべて結果に影響を与えるので、この数値が商業的な蒸留と比較できるかどうかはわかりません。この実験で詳細な情報がなかった理由として考えられるのは、論文の主な焦点が(精油ではなく)メタノール抽出物(最大0.6%のボスウェル酸類を含む)であることです。

 これらの考察から、Suhailらが報告した3%は標準的な数値ではなく、分留とともに使用された特異な蒸留パラメータのために存在しただけの数値であることがわかります。Al-Harrasi et alが報告した0.1%と言う数字も、詳細が不明なため、おそらく信頼性に欠けるものでしょう。

フランキンセンスCO2エキストラクトはどうか?

 フランキンセンスはCO2抽出でも製造されています。CO2抽出は、抽出条件(溶媒+圧力)が異なるため、精油よりもボスウェル酸の検出される可能性が高いといえます。CO2エキストラクトを製造するFlavex社は、B. serrata のCO2セレクトエキストラクトに“微量のボスウェル酸”が含有されているとしていますが、B. carteri CO2セレクトエキスについては、ボスウェル酸類の記載はありません。なお、B. sacraB. carteriは同義語とする見解が多いですが、別種であるとする見解もあります。

結論

 つまりこれまでのところ、通常の蒸留パラメータで製造されたフランキンセンス精油にボスウェル酸類が含まれているという信頼できる報告はないのです。ボスウェル酸類は、フランキンセンス精油のGC-MS分析では検出されず、HPLC分析では微量検出されるでしょうが、それは精油の薬理作用に影響を与えない程度の量であるようです。フランキンセンスの精油の中には、ボスウェル酸の有無にかかわらず、抗腫瘍作用を示すものがある可能性は十分にあります。今のところ臨床的なエビデンスはさほど存在せず、発表されている研究のほとんどはin vitro(試験管内)での実験ですが、私は皮膚がんに対するフランキンセンス精油の可能性を支持しており、この分野での新しい進展があれば報告するつもりです。ちなみに、ボスウェル酸類はフランキンセンス抽出物の場合にはそれらのほぼ全てに相当量含まれており、ネット上ではボスウェル酸類が最大60%まで含有されている商品が販売されています。

参考文献

Al-Harrasi, A., Rehman, N. U., Mabood, F., Albroumi, M., Ali, L., Hussain, J., … Alameri, S. (2017). Application of NIRS coupled with PLS regression as a rapid, non-destructive alternative method for quantification of KBA in Boswellia sacra. Spectrochimica Acta – Part A: Molecular and Biomolecular Spectroscopy, 184, 277–285. https://doi.org/10.1016/j.saa.2017.05.018

Frank, M. B., Yang, Q., Osban, J., Azzarello, J. T., Saban, M. R., Saban, R., … Lin, H.-K. (2009). Frankincense oil derived from Boswellia carteri induces tumor cell specific cytotoxicity. BMC Complementary & Alternative Medicine, 9, 6. https://doi.org/10.1186/1472-6882-9-6

Li, G., Xiang, S., Pan, Y., Long, X., Cheng, Y., Han, L., & Zhao, X. (2021). Effects of cold-pressing and hydrodistillation on the active non-volatile components in lemon essential oil and the effects of the resulting oils on aging-related oxidative stress in mice. Frontiers in Nutrition, 8(June), 1–15. https://doi.org/10.3389/fnut.2021.689094

Mertens, M., Buettner, A., & Kirchhoff, E. (2009). The volatile constituents of frankincense – a review. Flavour and Fragrance Journal, 24, 279–300. https://doi.org/10.1002/ffj

Ni, X., Suhail, M. M., Yang, Q., Cao, A., Fung, K. M., Postier, R. G., … Lin, H. K. (2012). Frankincense essential oil prepared from hydrodistillation of Boswellia sacra gum resins induces human pancreatic cancer cell death in cultures and in a xenograft murine model. BMC Complementary and Alternative Medicine, 12(1), 1. https://doi.org/10.1186/1472-6882-12-253

Niebler, J., & Buettner, A. (2016). Frankincense revisited, part I: Comparative analysis of volatiles in commercially relevant Boswellia species. Chemistry and Biodiversity, 13(5), 613–629. https://doi.org/10.1002/cbdv.201500329

Ojha, P. K., Poudel, D. K., Rokaya, A., Satyal, R., Setzer, W. N., & Satyal, P. (2022). Comparison of volatile constituents present in commercial and lab-distilled frankincense (Boswellia carteri) essential oils for authentication. Plants, 11(16). https://doi.org/10.3390/plants11162134

Roy, N. K., Parama, D., Banik, K., Bordoloi, D., Devi, A. K., Thakur, K. K., … Kunnumakkara, A. B. (2019). An update on pharmacological potential of boswellic acids against chronic diseases. International Journal of Molecular Sciences, 20(17). https://doi.org/10.3390/ijms20174101

Suhail, M. M., Wu, W., Cao, A., Mondalek, F. G., Fung, K.-M., Shih, P.-T., … Lin, H.-K. (2011). Boswellia sacra essential oil induces tumor cell-specific apoptosis and suppresses tumor aggressiveness in cultured human breast cancer cells. BMC Complementary and Alternative Medicine, 11(1), 1–14. https://doi.org/10.1186/1472-6882-11-129

Van Vuuren, S. F., Kamatou, G. P. P., & Viljoen, A. M. (2010). Volatile composition and antimicrobial activity of twenty commercial frankincense essential oil samples. South African Journal of Botany, 76(4), 686–691. https://doi.org/10.1016/j.sajb.2010.06.001

Yadav, S. (2018). Effect of different parameter on yield of frankincense oil using steam distillation and GC-MS analysis. Journal of Emerging Technologies and Innovative Research, 5(6), 72–77.

*出典:https://tisserandinstitute.org/frankincense-boswellic-acid/

ロバート・ティスランド

国際的に著名な精油関連の研究家。著書『アロマテラピー:(芳香療法)の理論と実際(The Art of Aromatherapy)』(1977)は12の言語で出版され、『精油の安全性ガイド第2版』(2013)は精油の安全性について検討する際の基準として広く認知されている。また、2015年にオンラインスクールとして再始動したティスランド・インスティチュートには世界各地から2000名以上の受講生が集い、一部の講座は日本語字幕版もリリースされている。2023年には、ティスランド・インスティチュート日本語版ウェブサイトが完成。

IFA、IFPA、A I A名誉生涯会員。www.tisserandinstitute.jp

翻訳 池田朗子 M.I.F.A.   

1994年以降東京を中心にアロマテラピー講師として活動開始、現在に至る。2000年に英国へ転居後は教育活動の他、日英雑誌への執筆、国際カンファレンスへの登壇、『精油の安全性ガイド第2版』など翻訳も多数手がけている。英国IFA理事(2005〜06年)www.aromaticsworld.com