緑の惑星〜芳香植物の冷却効果
ロバート・ティスランド
「もし植物が放出する芳香性化学物質のカクテルがなかったなら、世界は今よりもさらに温暖化していただろう。どうやら、この化学物質のカクテルは天候を変えることができるらしい。そして、日々、年々、天候を変化させるものは、気候もまた変化させることになる。
もちろん、この仕組みは、地球温暖化から私たちを救えるほど強力なものではない。しかし、大気がもっと清浄だった過去には、この作用は今よりも強かった可能性がある。
だとすれば、ガイアは、結局のところ無力ではないのかもしれない。」
— スティーヴン・バタズビー
芳香植物を取り巻く香気成分が、その植物を極端な温度、特に高温から守るのに役立っているのではないかと、以前から考えられてきました。
気温が高くなれば、香りの蒸発量が増えるというのは理にかなっています。そして、表面から液体が蒸発すると必ず冷却作用が生じるため、その結果、植物自体が冷やされることになるからです。
しかし、つい最近まで、この冷却現象が、はるかに大きな規模で起こっている可能性を想像する人は誰もいなかったのです。

空気には常に水が含まれています。そこには塩や埃などの非常に小さな粒子も存在していて、こうした粒子は「エアロゾル」と呼ばれています。
水蒸気とエアロゾルは、絶えず互いにぶつかり合っています。空気が冷やされると、衝突した際に水蒸気の一部がエアロゾルに付着し、これが「凝結」と呼ばれる現象です。
やがて、エアロゾル粒子の周囲により大きな水滴が形成され(雲粒)、それらがほかの雲粒と集まっていくことで、雲が形成されます。
ガイア仮説
ガイア仮説とは、ジェームズ・ラブロックが提唱した考えで、地球という惑星には、環境を自ら調整する能力があるというコンセプトです(Lovelock & Margulis 1974)。
1987年、ラブロックらは、地球温暖化を相殺する可能性のある、海洋に関係したフィードバック機構を提唱しました。これは、著者たちの名前にちなんで CLAW仮説と呼ばれています。この仮説では、海中の藻類がジメチルスルフィドという気体を放出し、それが大気中で反応して硫酸の蒸気を生じさせ、さらに凝結してエアロゾルになると考察されました(Charlson et al. 1987)。
気温が高くなると藻類の生育が盛んになります。そして、このエアロゾルは、太陽光を反射することによって地球を冷やす可能性があるというものです。また、雲をより白くすることによって、間接的にも地球を冷却できると考えられもしました。
しかし、水滴は少なくとも100ナノメートル(nm)の大きさにならないと形成・成長することができません。その後、CLAW仮説をモデル化した研究によって、そこで生成される粒子は、100ナノメートルには到底届かない大きさにしかならないことがわかりました。
さらに、違いを生じさせるほど十分な量のジメチルスルフィド*が放出されるわけでもありませんでした。
*原文の誤植を日本語版では修正した。
北方林(ボレアル・フォレスト)の研究
2004年、ヘルシンキ大学の科学者たちは、藻類ではなくマツを対象とした別のモデルを提案しました(Kulmala et al. 2004)。彼らは、気温の上昇と大気中のCO₂(二酸化炭素)の増加によって光合成が活発になり、森林の成長が促進され、その結果、マツが放出する香気成分の量も増えるのではないかと仮説を立てたのです。
マツの香気成分は、主にリモネンやピネンなどのモノテルペンから構成されています。これらのテルペンは樹木より上空へ上昇し、二酸化硫黄やその他のエアロゾルと結びついて、雲形成のための特に大きな水滴(雲粒)をつくります。
水滴が大きい雲ほど白くなり、より多くの太陽光を宇宙へ反射します。その結果、地表が冷やされ、地球温暖化の影響が相殺されるというわけです。
さらに、樹木が増えれば、日陰も増えると同時に、吸収されるCO₂の量も増えるので、3つの効果が得られることになります。
また、気温が高いと、樹木は放出するテルペン量を大幅に増やすため、ここにはフィードバック効果も生じます(Fuentes et al. 2000)。
なお、樹木はかなりの量のイソプレンを放出することにも注目すべきでしょう。イソプレンは非常に小さな分子であり、これもまた、この作用に寄与するのです。ちなみに、イソプレンそのものはテルペンではありませんが、モノテルペンは2つのイソプレン単位から構成されています。
地球温暖化の相殺

今では、この仮説はどうやら現実のものになりつつあるようです。気温が上昇すると、実際に樹木からのテルペン放出量が増え、その結果、より白く、より大きな雲が形成されることがわかってきました。
マンチェスター大学の研究チームは、エアロゾルと水が蓄積していく際にテルペンが存在すると、水滴の化学的性質が変化し、より多くの水を引き寄せられるようになることを明らかにしました。それはつまり、水滴の数が大幅に増える可能性があり(Topping et al. 2013)、水滴の濃度が高い雲ほど、より白く、ふんわりとした雲になるのです。
決定的な証拠となったのは、世界各地の11か所の気象観測所を対象に行われた研究です。ヘルシンキ大学のマルック・クルマラとポール・パーソネンらを含む研究チームは、これらの観測所で空気を採取し、100ナノメートル以上のエアロゾル(AE100)の数と、テルペンの濃度を測定しました(Paasonen et al. 2013)。
その結果、明確なパターンが見つかったのです。その効果が最も顕著だったのは、東シベリアやフィンランドのように、空気がきれいな場所でした。
「しかし、より汚染された地域では、このフィードバック効果は顕著にならなかった」と、パーソネンは述べています。
この効果がどの程度の規模で起きているかは、まだ分かっていません。また、それほど大きなものではないという可能性もあります。地球温暖化の最大10%程度を相殺する可能性がある一方で、1%未満にすぎない可能性もあるのです。
台湾の亜熱帯林を対象とした研究では、テルペンの放出量の42%がAE100の形成に寄与していました。しかし、テルペンの放出による「総オゾン生成能(OFP: Ozone Formation Potential)」は、OFP全体のわずか5.6%にすぎなかったといいます(Salvador et al. 2020)。
この効果に寄与するもの
このフィードバック・ループは、理論上は、芳香植物を大規模に植えた農園などにも当てはめることができます。しかし、規模の大きさを考えると、重要な役割を果たすのは森林だけなのかもしれません。
森林の種類と、それに伴う周囲の気温によって、雲の形成を促す作用の程度は決まるといえましょう。北方林(カナダ、ロシア)は比較的寄与が小さく、温帯林(ヨーロッパ、オーストラリア)はそれより大きく、熱帯林(特にブラジル)が最も大きく寄与することとなります(Bourtsoukidis et al. 2024)。
研究者たちは、周囲の気温が高くなるほど、テルペンの放出量が増えるという直線的な関係があることを明らかにしました。

フィンランドで行われた研究では、湿地からも、かなりの量のテルペンが放出されることがわかりました。ここでも放出量は気温に左右され、さらに、湿地では一般的な北方林よりも効率よくエアロゾルが形成されることが報告されました。
湿地はまた、かなりの量のメタンも放出します。メタンは大気を温暖化させる働きがあるのです。そこで研究者たちは、気候変動を理解するには、湿地についてさらなる研究が必要であると指摘しています(Junninen et al. 2022)。
セスキテルペンについては、揮発性が低いため、これまであまり研究されてきませんでした。しかし、ある実験室での研究では、セスキテルペンの一種であるβ-カリオフィレンを1の割合、α-ピネンを6の割合、イソプレンを50の割合で混合したところ、β-カリオフィレンを含まない場合と比べて、粒子の形成速度が2倍になったことが発表されました(Dada et al. 2023)。
この研究、そして他の研究室らによる調査は、温暖化を辿る地球に今後どのような変化が起こるのかを予測し、さらには現在の気候危機に対する解決策を見つける可能性を探るために進められているのです。
脚注
テルペン類が雲の形成に寄与できるのは、大気中に入るとオゾンなどの気体によって酸化され、やや大きな粒子へと変化するからに他なりません。そして、これは雲形成過程の重要なステップと言えます。したがって、オゾンが増えれば、より白く、より大きな雲が形成されるはずで、これもまたガイア仮説を支持することになるのです。
ところが、ここにはある種の皮肉が存在します。地表付近のオゾン濃度も高くなれば、空気中のテルペン類を酸化します。そして、その結果生じる酸化生成物をヒトが吸い込むと、呼吸器系に問題を引き起こす可能性があるからです。
つまり、樹木の高さより上の世界(地球環境)にとって良いことが、地上で暮らす人間、特に呼吸器系に問題を抱える人々にとっては、必ずしも良いことではないということです。
幸いなことに、こうしたことが起こるのは、オゾン濃度が特に高い場所に限られますが。
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参考文献
Battersby S 2013 Call in the Clouds. New Scientist issue 2923: 32-35 http://www.newscientist.com/article/mg21829231.900
Bourtsoukidis, E., Pozzer, A., Williams, J. et al 2024. High temperature sensitivity of monoterpene emissions from global vegetation. Communications Earth and Environment, 5(1), 1–10. https://doi.org/10.1038/s43247-023-01175-9
Charlson RJ, Lovelock JE, Andreae MO, Warren G 1987 Oceanic phytoplankton, atmospheric sulphur, cloud albedo and climate. Nature 326 (6114): 655–661 doi:10.1038/326655a0
Dada, L., Stolzenburg, D., Simon, M. et al 2023. Role of sesquiterpenes in biogenic new particle formation. Science Advances, 9(36), 1–14. https://doi.org/10.1126/SCIADV.ADI5297
Fuentes JD, Lerdau M, Atkinson R et al 2000 Biogenic hydrocarbons in the atmospheric boundary layer: a review. Bulletin of the American Meteorological Society 81: 1537-1575 http://nature.berkeley.edu/biometlab/espm228/Fuentes%20et%20al%20BAMS%202000.pdf
Junninen, H., Ahonen, L., Bianchi, F. et al 2022. Terpene emissions from boreal wetlands can initiate stronger atmospheric new particle formation than boreal forests. Communications Earth and Environment, 3(1), 1–9. https://doi.org/10.1038/s43247-022-00406-9
Kulmala M, Suni T, Lehtinen KR et al 2004 A new feedback mechanism linking forests, aerosols, and climate. Atmospheric Chemistry & Physics 4: 557-562 http://hal.archives-ouvertes.fr/docs/00/29/54/16/PDF/acp-4-557-2004.pdf
Lovelock JE, Margulis, L 1974 Atmospheric homeostasis by and for the biosphere: the Gaia hypothesis. Tellus Series A 26: 2–10 http://www.gps.caltech.edu/classes/ge148c/pdf%20files/lovelock.pdf
Paasonen P, Asmi A, Petaja T et al 2013 Warming-induced increase in aerosol number concentration likely to moderate climate change. Nature Geoscience 6: 438-442 http://www.nature.com/ngeo/journal/v6/n6/full/ngeo1800.html
Salvador, C. M., Chou, C. C. K., Ho, T. T. et al 2020. Contribution of terpenes to ozone formation and secondary organic aerosols in a subtropical forest impacted by urban pollution. Atmosphere, 11(11), 1–13. https://doi.org/10.3390/atmos11111232
Topping D, Connolly P, McFiggans G 2013 Cloud droplet number enhanced by co-condensation of organic vapours. Nature Geoscience 6: 443-446 http://www.nature.com/ngeo/journal/v6/n6/full/ngeo1809.html

ロバート・ティスランド
国際的に著名な精油関連の研究家。著書『アロマテラピー:(芳香療法)の理論と実際(The Art of Aromatherapy)』(1977)は12の言語で出版され、『精油の安全性ガイド第2版』(2013)は精油の安全性について検討する際の基準として広く認知されている。また、2015年にオンラインスクールとして再始動したティスランド・インスティチュートには世界各地から2000名以上の受講生が集い、一部の講座はアロマテリから日本語字幕版もリリースされている。2023年には、ティスランド・インスティチュート日本語版ウェブサイトが完成。
IFA、IFPA、A I A名誉生涯会員。www.tisserandinstitute.jp
翻訳 池田朗子 M.I.F.A.
1994年以降東京を中心にアロマテラピー講師として活動開始、現在に至る。2000年に英国へ転居後は教育活動の他、日英雑誌への執筆、国際カンファレンスへの登壇、『精油の安全性ガイド第2版』など翻訳も多数手がけている。英国IFA理事(2005〜06年)www.aromaticsworld.com

