サイプレス精油の消臭作用と参考文献を引用する際の問題点

サイプレス精油の消臭作用と参考文献を引用する際の問題点

ロバート・ティスランド

本稿を執筆するにあたり、Tamara Agnew PhD、Petra Ratajc PhD、Marco Valussi BScのご協力に感謝します。

私の主宰する「Essential Oils for Healthy Skin」コースの試験で、デオドラントに関する問題を採点していたとき、消臭用途の精油に関する問題で、生徒がサイプレスを取り上げ、参考文献として4冊の本を挙げていました。ネットで「デオドラント・消臭作用がある精油」を検索すると、サイプレス(Cupressus sempervirens)精油が広く引用されており、それらはすべてサイプレス精油のことを、「収れん作用、および/またはデオドラント作用がある」と言及しています。その生徒は試験に合格しましたが、この件で私はふと考えさせられました。

収れん作用がデオドラント作用と関連する可能性があるのは、収れんは組織を引き締めるので、汗腺を収縮させ、汗の放出を最小限に抑え、体臭を軽減する可能性があるからです。

実際、これはサイプレス精油がデオドラント製剤の一種である「制汗剤」として、作用する可能性を示唆しています。(米国では、「デオドラント」は化粧品ですが、「制汗デオドラント」は化粧品であると同時に医薬品であり、両者ともFDAの規制下にあります) しかし、サイプレス精油、あるいは他のどの精油にも、いかなる組織への収れん作用を裏付けるエビデンスは見つかりませんでした。

そこで私は、この機会を利用して、エビデンスを正しく引用すること、あるいは適正なエビデンスを見極めること、またハーブの薬効から精油の作用を推定することの問題を探求することにしました。

球果のデオドラント作用、民族植物学、アロマセラピー

デオドラント剤とは、単に体臭をマスキングする香り製品のことです。そこで香りの品質としては”新鮮さ”が好まれますが、前述の目的であれば、天然であれ合成であれ、理論的にはほぼどんな香りでも機能するはずです。この定義に従えば、他の多くの精油よりもサイプレスが好まれる特別な理由はなく、「収れん」という言葉が「効きそうな」特定のイメージの付加を意図していることは明らかです。

サイプレス精油に収れん作用や制汗作用がないとしても、体臭の原因となる細菌の増殖を抑制することで、デオドラント効果を発揮する可能性はあります(Lam et al 2018)。ある研究では、足の臭いに対抗するために、足の臭いに関連する特定の細菌株を標的として、119種の精油の組み合わせの抗菌作用を比較しました。(足には特有のマイクロバイオームが存在するため、足の臭いは脇の下の臭いとは少し異なりますが、それでもある程度の相関関係はあります) これの調査結果は、ジュニパーベリー(Juniperus virginiana)精油が、足の臭いに他と組み合わせて使用する精油として最も有用である可能性を示唆しており、サイプレス精油は特に有効ではありませんでした(Orchard et al 2018)。著者らは、残念ながら使用したサイプレス精油の組成を明らかにしていませんが、他の研究から、その組成はかなり多様であることが分かっています。これは蒸留時の葉と球果の相対的な割合などに依存しますが、いずれにしても全体的に抗菌活性は傑出していないのです(Asgary et al 2013、Ben Noury et al 2015、Mahmoud et al 2013、Mazari et al 2010、Selim et al 2014)。つまり、サイプレス精油は中程度の抗菌活性を示すものの、現在までのエビデンスでは、デオドラント剤への注目すべき使用は示唆されていません。もっと多くのエビデンスが必要なだけの可能性もありますが、なぜ巷では、デオドラント作用があるという主張が有名なのでしょうか?

サイプレス精油にデオドラント作用があると信じられているのは、おそらく2冊の本に掲載されている精油のプロフィールに由来しています。ジャン・バルネ博士の『Aromathérapie』(1964年;日本語版『ジャン・バルネ博士の植物=芳香療法』フレグランスジャーナル社1988年)には、サイプレス精油について、収れん作用、制汗作用、(足の)消臭作用があると、ロバート・ティスランドの『The Art of Aromatherapy』(1977年;日本語版『芳香療法〜その理論と実際』フレグランスジャーナル社1985年)には、収れん、消臭作用があると書かれているのです。そう、私は今、自分自身を、英語圏における、この迷信の元祖と呼んでいるのです!当時の私はバルネの記述をほぼそのまま真似たのですが、今ではバルネが不適切な推測をしたと思っています。

私は2つの古い資料も引用しました。1578年に、李世珍はこう書いています: 「その球果は…大量の発汗を認めると考えられているThe nuts are considered to…check profuse perspiration (中国語からの直訳)」また、1652年、ニコラス・カルペパーはこう書いていました:「 これらの球果は……止血し組織を引き締める湿布に使われるThe cones, or nuts…are used in stypic restringent fomentations and cataplasms.

しかし、これらの古い文献はサイプレスの精油ではなく、サイプレスの球果を指していることに、注意しなくてはなりません。球果にはポリフェノールの一種であるタンニン(Al Snafi 2018)が含まれており、タンニンは一般的に収れん作用があると考えられています(De Jesus et al 2012)。しかし、タンニンは揮発性ではないので、精油にもハイドロゾルにも含まれていません。そのため、サイプレスの球果から抽出したエキストラクトには収れん作用があるかもしれませんが、これは精油には当てはまらないのです。

サイプレス精油に制汗作用やデオドラント作用があるかどうかには、精油/植物療法の文献エビデンスによる直接的な裏付けが存在しません。 精油にも同じ性質が当てはまるという考えを広め続けるならば、私たちはかなりの、そしておそらくは正しくない理論の飛躍をしていることになります。この植物エキストラクトと精油の混同は、私が別のブログで取り上げたフランキンセンス精油と抗ガン作用に関する迷信と似ていますね。

参考文献として本を引用する

ハーブの薬効から精油の作用を推定することの問題は、本における情報の使われ方によって、さらに分かりずらいことになっています。私が確認した4冊の本では、サイプレス精油の収れん作用と消臭作用のいずれについても、根拠となるエビデンスが何も示されていませんでした。本で主張されていることが何らかのエビデンスに基づいている場合のみ、その本は引用することができるのです。つまり、情報の原典が引用元として明記されるべきで、その引用の主な目的は、読者が書かれていることを検証できるようにするということです。

残念なことに、本の著者は時として他の本の真似をして、根拠のない情報を事実として発表することがあります。(私は過去の有罪を認めますが、40年以上前のことであり、今ではその教訓を学んだと思っています!)

ハーブ関連書籍では、古い本を引用することは珍しくありません。これは、著者Aが著者Bが書いたものを単に繰り返しているだけであること、あるいは特定の文化圏における植物の伝統的な(民族植物学的な)使用法について言及していることを、明確に説明している限りは問題ないのです。基本的に、「なぜそのような主張をしているのか?」という問いに対して、その本自体が答えを提供できるはずなのです。しかし、その糸が断ち切られ、例えばサイプレス精油が収れん剤として宣伝され、それがあたかも既成事実であるかのように語られるようになると、筋書きがわからなります。

私は、すべてのエビデンスが査読済みの臨床試験やメタ分析の形でなければならないと言っているのではありません。例えば、単一の症例研究や症例シリーズであってもかまいません。しかし、本やブログの記事の記述はエビデンスとは認められませんし、逸話的な証言もエビデンスとは認められません。補完医療におけるエビデンスについては、こちらの記事をご覧ください

エビデンスの引用方法

アロマセラピーでは、学問的な追求と同様に、自分たちの主張を裏付けるエビデンスを挙げることができなければなりません。良い精油のデータはかなり限られていますが、だからと言ってすべてを諦めなければならないという意味ではありません。つまり、エビデンスの由来を考察して、透明性を確保すれば良いのです。

例えば 「この著者は以前、サイプレス精油に収れん作用や消臭作用があると説明していたが、この主張を裏付けるエビデンスはないようだ(あるいは見つけられなかった)」と説明するのです。

私は、ハーブや植物療法の長年にわたる伝統的な利用法を否定したり、無視したりすることを提案しているのではありません。しかし、精油の使用に関する 「エビデンス 」をハーブ療法の実践から単純に導き出すことはできないということです。というのも、私たちの精油とその使用方法は、ハーブのそれとは大きく異なるからです。

参考文献リストは、一般愛好者向けに書かれた本にあることは稀で、学術文献の方ははるかに多く見受けられるということは、分かっています。しかし、アロマセラピーのコミュニティに関する限りは、何かの主張をする場合にはエビデンスと透明性に基づくべきであるという考えを示しただけです。私が確認した4冊のアロマセラピー関連書籍のうち、2冊は一般愛好者向け、2冊はプロの実践者向けに書かれたものでした。

私は、サイプレス精油に消臭作用や制汗作用がないと言っている訳ではありませんが、現在のところ、それらの作用があるというエビデンスは存在しないし、おそらく違うだろうと推察するエビデンスはわずかだということです。おまけに、この主張は、ハーブから精油への誤った推定に基づいている可能性が高い。しかし、私が間違っていることが、のちに証明されるかもしれません。

参考文献

Al-snafi, A. E. (2016). Medical importance of Cupressus sempervirens – a review. IOSR Journal of Pharmacy 6(6), 66-76

Asgary, S., Naderi, G. A., Shams Ardekani, M. R. et al (2013). Chemical analysis and biological activities of Cupressus sempervirens var. horizontalis essential oils. Pharmaceutical Biology51(2), 137–144. https://doi.org/10.3109/13880209.2012.715168

Ben Nouri, A., Dhifi, W., Bellili, S. et al (2015). Chemical composition, antioxidant potential, and antibacterial activity of essential oil cones of Tunisian Cupressus sempervirensJournal of Chemistry2015. https://doi.org/10.1155/2015/538929

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De Jesus, N. Z. T., de Souza Falcão, H., Gomes, I. F. et al (2012). Tannins, peptic ulcers and related mechanisms. International Journal of Molecular Sciences13(3), 3203–3228. https://doi.org/10.3390/ijms13033203

Lam, T. H., Verzotto, D., Brahma, P. et al (2018). Understanding the microbial basis of body odor in pre-pubescent children and teenagers. Microbiome6(1), 1–14. https://doi.org/10.1186/s40168-018-0588-z

Li Shizhen (1558). The grand compendium of materia medica. (Currently published in Mandarin by Chinese Medical Book Press, Beijing.)

Mahmood, Z., Ahmed, I., Saeed, M. U. Q., & Sheikh, M. A. (2013). Investigation of physico-chemical composition and antimicrobial activity of essential oil extracted from lignin-containing Cupressus sempervirensBioResources8(2), 1625–1633. https://doi.org/10.15376/biores.8.2.1625-1633

Mazari, K., Bendimerad, N., Bekhechi, C., & Fernandez, X. (2010). Chemical composition and antimicrobial activity of essential oils isolated from Algerian Juniperus phoenicea L. and Cupressus sempervirens L. Journal of Medicinal Plants Research4(10), 959–964. https://doi.org/10.5897/JMPR10.169

Orchard, A., Viljoen, A., & Van Vuuren, S. (2018). Antimicrobial essential oil combinations to combat foot odour. Planta Medica84(9–10), 662–673. https://doi.org/10.1055/a-0592-8022

Selim, S. A, Adam, M. E., Hassan, S. M., & Albalawi, A. R. (2014). Chemical composition, antimicrobial and antibiofilm activity of the essential oil and methanol extract of the Mediterranean cypress (Cupressus sempervirens L.). BMC Complementary and Alternative Medicine14, 179. https://doi.org/10.1186/1472-6882-14-179

Tisserand, R. (1977). The art of aromatherapy. CW Daniel, Saffron Walden.

Valnet, J. 1964. Aromathérapie. Librairie Maloine, Paris. (English translation: Valnet, J. 1990 The practice of aromatherapy. CW Daniel, Saffron Walden).

ロバート・ティスランド

国際的に著名な精油関連の研究家。著書『アロマテラピー:(芳香療法)の理論と実際(The Art of Aromatherapy)』(1977)は12の言語で出版され、『精油の安全性ガイド第2版』(2013)は精油の安全性について検討する際の基準として広く認知されている。また、2015年にオンラインスクールとして再始動したティスランド・インスティチュートには世界各地から2000名以上の受講生が集い、一部の講座は日本語字幕版もリリースされている。2023年には、ティスランド・インスティチュート日本語版ウェブサイトが完成。

IFA、IFPA、A I A名誉生涯会員。www.tisserandinstitute.jp

翻訳 池田朗子 M.I.F.A.   

1994年以降東京を中心にアロマテラピー講師として活動開始、現在に至る。2000年に英国へ転居後は教育活動の他、日英雑誌への執筆、国際カンファレンスへの登壇、『精油の安全性ガイド第2版』など翻訳も多数手がけている。英国IFA理事(2005〜06年)www.aromaticsworld.com