名前の話

名前の話

ロバート・ティスランド

「……私たちがバラと呼ぶものは、他のどんな名前で呼んでも、同じように甘く香るわ」ジュリエットは、姓のために運命づけられている二人の愛を守るために、ロミオにそう言いました。確かに、名前は重要ではないのかもしれない、ですが混乱を避けるために、名前はできる限りはっきりつけるべきなのかもしれない–人生においても、エッセンシャルオイルを使うときにおいても。

私は生まれてから数日間、チャールズ・ブルース・ティスランドと呼ばれていました。その小さな手書きのタグは今でも大切に持っています。ところがその3日後、チャールズ皇太子が誕生したので、母は私をロバート・ブルース・ティスランドと呼ぶことにしたのです。母はスコットランドのエジンバラ出身で、私がイギリスの王子にちなんで名づけられたと思われるのが耐えられなかったのです!そこで、ロバート・ブルースになりました。母のミドルネームがブルースだったからで、おまけに、これならば母方の祖先のクラン(一族)に由来する名でもあります。(Robert the Bruceは14世紀のスコットランド王。彼の名前はRobert de Brusといい、ノルマン人に由来する。つまり、”the Bruce “はその名を英語化したもの)

偽りの友

驚くことではないですが、植物の一般的な名前は言語によって異なります。私が住んでいたチェコ共和国では、「クミン」という言葉は皆さんが思っているようなクミンという意味ではなく、チェコ語でキャラウェイを意味します。これは “false friend “と呼ばれるもので、他の言語では自分が思っているような意味を持たない言葉が存在するのです。もうひとつ、植物とは関係ないですが、例を挙げてみましょう。

2014年、私はアロマセラピーの学会で講演するためにブラジルのサンパウロに赴きました。到着した翌日、私は現金を手に入れるために銀行まで歩き、ドアを押すか引くかする必要がありました。ふと見ると、ポルトガル語で「プッシュ」と発音するPUXEが目に入りました。私はポルトガル語の発音を知っていたので(大学で勉強した)、絶対的な自信がありました。プッシュと書いてあったのでプッシュしたのですが、私が知らなかったのは「プクセ」が、実際には「プル(引く)」を意味するということでした。そこで、私がその銀行に入るまでには、少し時間がかかってしまい、通行人から何度か困惑した顔をされものです。

引くか?押すか?

名前は重要なものであり、私たちはその名前と密接に関係しています。名前が変わったり、変わりそうになったりすると、私たちは裏切られたと感じることさえあります。私たちが間違っているのか、それとも世界中が間違っているのか。なぜローズマリーは今、植物学の命名法では正式にはセージ (日本語での記事はこちら)なのか、なぜこのドアは開かないのか?

フレンチ・コネクション

1970年代半ばのある日、私は当時「Bois de Rose」と呼ばれていたエッセンシャルオイルに名前をつけ直し、「ローズウッド」と呼ぶことにしました。Bois de Roseと呼んでいたのは、業界内だけでなく、当時英国にいた一握りのアロマセラピストたちも同様でした。(イギリス のアロマセラピーは フランス のアロマテラピーから派生したものなので)しかし、私は当時考えたのです。完璧な英語の名前があるのに、なぜわざわざフランス語の名前を使わなければいけないのだろう?結局のところ、Bois de Roseは文字通り、「ローズウッド」という意味なのです。

私は自分の中にあるフランスの伝統を誇りに思っています。私の父はフランス人の両親のもとロンドンで生まれたので、彼の第一言語はフランス語であり(彼はバイリンガルだった)、ティスランドはフランス語で「織物職人」を意味する職業名です(さて皆さんはこれで私の名前について知るべきことはすべて知りましたね)。英語風に発音するのか、するとしたら具体的にどう言えば良いのか。それとも、正統なフランス語の発音を試みるのか?気まずい思いをせずに、いっそ「ローズウッド」を使うのはどうだろう?そうです、まさに現在はそうしているのです。お礼をありがとうございます。どういたしまして。(その変更はおそらく必然的なもので時間の問題だったと思いますが、もらえる手柄はすべてもらうつもりです!)

柑橘の葉のこれは“Petit grain” か “small grain” か

私はPetit grainという呼称について、相反する感情があります。私がこの名前を使いたがらないのは、おそらく人々が正しい発音が何なのか疑問に思われるからでもあります(それほど重要ではないが、やはり…)。と同時に人々はこれが一体何なのかも疑問に思うと思うからです。ミステリアスでも何でもなくて、プチグレンはオレンジの葉の精油であり、他の柑橘類の葉から採れる精油の場合は、レモン・プチグレン、マンダリン・プチグレンなどと呼ばれます。しかし、なぜオレンジ・リーフ、レモン・リーフ、マンダリン・リーフなどと呼ばないのでしょうか?その方が言いやすいし、説明もしやすい。そこで私は、「精油の安全性ガイド」において、これらの名称を使用しているのです。

petitgrainは直訳すると「little grain小さな粒」ですが、Little Grain oil は英語では通じません。英語では「小麦か米の粒のミニチュア」のように聞こえますからね。この言葉は、オレンジの葉、あるいは柑橘類の葉に明るい光を当てると、何百もの小さな「穴」や「粒」が現れることに由来しています。〜機会があれば、是非皆さんもやってみてください。懐中電灯さえあればできます。見えるのは葉の中の精油腺なのですが、そのことを知っていれば、「プチグレン」にはある種のロマンがあります。しかし、知らなければただの名前に過ぎません。

学名の再利用

植物の学名を一般的な名称として再利用することは、混乱の元です。単純に「ユーカリプタス精油」と呼んでいるのを何度見たことでしょう。ですが、どのユーカリプタス?ユーカリプタスから商業生産されているエッセンシャルオイルは10種類ほどあり、地球上には700種以上のユーカリプタスが存在します。残念ながら、Eucalyptus globulus (多くのブログ記事や研究論文で、Eucalyptus globulesとスペル修正されていますがこちらが正しいです!)が、実際の一般名(タスマニアン・ブルーガム、または単にブルーガム)だと参照されるだけという段階は、おそらくとっくに過ぎているのです。

私は、植物の学名が一般名として再利用されることには反対です。創造的なネーミングのチャンスを逃している!また70年代には、私はLitsea cubeba精油を「メイチャン」と改名することに決め、これが「Litsea oil」と呼ばれる災難(私の意見では)を避けようとしました。(現在、両方の名前が使われてしまっているので、私は部分的にしか成功していない)英語のもうひとつの一般名はマウンテン・ペッパー(Mountain Pepper)ですが、これは紛らわしいと思いました。この精油に馴染みがない人もいるかもしれませんが、香りはレモングラスによく似ていて、ペッパーとは似ても似つかないからです。

Immortelleもしくは Helichrysum italicum

おそらく、「ヘリクリサム」からは、より大きな混乱が派生しています。「ヘリクリサム」もまた、学名を再利用した一般名です。「イモーテル」と「エバーラスティング」という素晴らしくロマンチックな名前があるのに、なぜエッセンシャルオイルは「ヘリクリサム」なのでしょう?がっかりです!これらの名前は、華やかで小さな黄色い花が、乾燥させてもいつまでもそのままであることに由来しています。私がお勧めする呼び方であるイモーテル精油は、H. italicumH. stoechasと2つの種のどちらかから採れます。しかし、これらの精油は非常に高価であるため、他のヘリクリサム属の植物も「ヘリクリサム精油」として販売されることが起きてしまうのです。H.gymnocephalumH.splendumなど、どちらもはるかに安価で、まったく異なる精油であるというのに。

理由はわかりませんが、一部のエッセンシャルオイル業者がティートリー精油を「Melaleuca oil」と呼んでいます。大罪ではないですが、わざわざなぜ?と思います。「ティートリー」として知られるエッセンシャルオイルは、Melaleuca alternifoliaから採れますが、ある業者では「Melaleuca oil」と表示されたエッセンシャルオイルが、 Melaleuca quinquenerviaという全く異なる植物、つまりニアウリ精油だったのです。実はこの精油の名は、興味深い名前で – フランス語のNyelayu(ニューカレドニア)のnyaûlîが由来で、母音が3つ連続するのは英語では珍しい(miaow/meaowも同様で、そのためか、私の愛妻はニアウリの話になるといつも猫のような声を出す)ので、エキゾチックな響きがありますね。この精油の正体をめぐる混乱は、実際に裁判所から召喚状が出され、慌てて名前を撤回する事態を招いたほどです。

さらなる混乱

Ravintsara と Ravensara についてはすでにブログに書きました。この2つのまったく異なるエッセンシャルオイルが延々と回避可能な混乱で混同されるのを避けるために、私はラヴィンツァラをやめて、クスノキの葉から採れることから、カンファーリーフCamphor leaf精油と呼ぶことを提案します。そういう訳で、Ravensaraは学名からの再利用の一般名だったわけです。

エッセンシャルオイルと脂肪油は、同じ名前や似た名前で混同されることがあります。ローズヒップオイルは脂肪油ですが、ローズオイルと言えばエッセンシャルオイル(別名ローズオットー)ですね。これは、ご存知の方も多いでしょう。「ヘンプオイル」は、エッセンシャルオイルを指すこともあれば、脂肪油を指すこともあり、CBDオイルは全くの別物です。「キャロットシードオイル」も、エッセンシャルオイルか脂肪油のどちらかを指します。ちなみに、そのどちらも紫外線から肌を守ることはできません。見分け方は製品の説明文にあります。低温圧搾製法でベータカロチンが豊富に含まれていれば、それは脂肪油です。水蒸気蒸留法ならエッセンシャルオイルとなります。

Nigella sativa の花

ブラックシード、セントジョーンズワート、コーヒー、マスタード、ナツメグなどは、同じ植物から精油と脂肪油の両方のオイルが生産される、その他の例です。たいていの場合、どちらの種類のオイルを指しているのかを見極めるのはそれほど難しいことではありません。しかし、ブラックシード(Nigella sativa)の場合、精油と脂肪油を間違えることで、学術文献で、その安全性に関するかなりの混乱が見られます。これは学名を知っていても、役に立たない例ですね。何故ならば精油も脂肪油も学名は同じだからです。また、安全性の問題があるとして皮膚科医が「シダーウッドオイル」を引用しているのを見たことがあります。少なくとも5種類のシダーウッド精油があるというのに!このことについてはまた別の機会に書くつもりですが、ここでも精油を語る時にそれがどれであるのか明確にすることの重要性を主張したいと思います。

結論?

そういう訳で、エッセンシャルオイルや植物、あるいは人について話すとき、私たち全員が同じことを考えていると確認するためにも、「名前を明確にすること」を目指すべきだということです。私はロバートという名で幸せですが、もう少しでチャールズになるところでした。それでも私は私なのでしょう。いずれにせよ、私はフランス旅行を楽しんでいます。フランスは、「Tisserand」の発音が難なく発せられる唯一の場所であり、イギリスのように、誰にでも名前の意味を分かってもらえるように、レストランの予約を簡単にするために「Weaver(織物職人)」という名前を使う必要もありませんから。念のため言っておくと、父は私が3、4日で名前を変えても全然平気でした。彼は、息子がチャールズだろうがロバートだろうが、まったく気にしてなかったようです。

ロバート・ティスランド

国際的に著名な精油関連の研究家。著書『アロマテラピー:(芳香療法)の理論と実際(The Art of Aromatherapy)』(1977)は12の言語で出版され、『精油の安全性ガイド第2版』(2013)は精油の安全性について検討する際の基準として広く認知されている。また、2015年にオンラインスクールとして再始動したティスランド・インスティチュートには世界各地から2000名以上の受講生が集い、一部の講座は日本語字幕版もリリースされている。2023年には、ティスランド・インスティチュート日本語版ウェブサイトが完成。

IFA、IFPA、A I A名誉生涯会員。www.tisserandinstitute.jp

翻訳 池田朗子 M.I.F.A.   

1994年以降東京を中心にアロマテラピー講師として活動開始、現在に至る。2000年に英国へ転居後は教育活動の他、日英雑誌への執筆、国際カンファレンスへの登壇、『精油の安全性ガイド第2版』など翻訳も多数手がけている。英国IFA理事(2005〜06年)www.aromaticsworld.com