猫にエッセンシャルオイルは安全か
ロバート・ティスランド
エッセンシャルオイルと猫については、かなり強い感情的な意見が巷で表明されており、よくある質問に「猫の周りにエッセンシャルオイルを拡散させても安全か」というものがあります。エッセンシャルオイルの空間拡散は、やり過ぎると人間にも毒性があり、頭痛や疲労感などの神経症状を引き起こすことがあります。とは言え、基本的に、猫にとって「安全」または「有毒」とされる特定の精油一覧表を作ることは、あまり意味がありません。換気をよくし、限られた時間に少量だけ空間拡散し、猫が望むならその部屋を出られるという「自由」がある限り、猫の周りで、安全にエッセンシャルオイルを空間拡散させることは可能です。空気中に数百万ppmのアロマの蒸気が漂う程度であれば害はありませんが、何時間もアロマが部屋にこもらないように注意しましょう。
人間が持っている、多くの精油成分の代謝に重要な肝酵素を、猫は殆ど持ち合わせていません。これは主に、UGT1A6、UGT1A9、UGT2B7などのUDP-グルクロン酸転移酵素UDP-glucuronosyltransferase (UGT) enzymesというものです(Court 2013、Van Beusekom 2013)。そのため、理論的には猫に対する精油の毒性が高まるリスクがあるのですが、犬ではこの問題は非常に少ない。例えば、メントールは(ヒトやげっ歯類では)主にグルクロン酸抱合によって代謝されるのですが、毒性試験によれば、猫に対するメントールの毒性はラットの3~4倍となります(Opdyke 1976)。「ネコに対する毒性が高いのは酵素が欠落しているからだ」と断言することは早急すぎるのですが、その可能性は高いと言えます。しかし、3~4倍というのは大きな差のようですが、実はそれほど大きな差ではありません。私は、猫に大量の未希釈のエッセンシャルオイルを浴びるように使わせることは決して勧めません。ちなみに、猫はナツメグ精油やティートリー精油の毒性にかなり脆弱です。しかし、どんなエッセンシャルオイルでも少量であれば、また、ほとんどのエッセンシャルオイルの場合でも適量であれば、猫に害を与えることはないと言えましょう。
1995年、イギリスのブライトンにある私の家に日本の撮影クルーがやってきて、私と愛猫マートルを撮影してくださったことがありました。有名人とその猫を紹介する日本のテレビ番組のためでしたが、主役は明らかに私ではなくマートルでした。マートルの撮影は困難を極めました。彼女は家族に対してもあまり社交的ではなかったし、その時は家の中に知らない人もいたのですから。ある時、彼女はベッドの下に隠れてしまい、私の2人の娘(当時は小さかった)がベッドの上で飛び跳ねて「出てくるように」促すことにしました。撮影クルーは、マートルがその場にじっと留まり、マットレスが彼女の頭の上で上下に跳ねている様子を撮影するために、レンズを床の高さまで下げざるを得ませんでした。そして、この様子はしばらく続きました。
マートルは、どうにかさらに13年間生き延び、彼女が亡くなったとき、ジギーが後を継ぎました。ジギーはメインクーンという猫種で、寒冷地に理想的な猫です。メインクーンは足の指の間にも長い毛が生えていて、ふさふさとした長い尻尾を持っています。そこで、南カリフォルニアの気候にぴったりというわけではありませんでしたが、子猫のときに迎えたときには、特に毛深いようには見えなかったのです!ジギーに、エッセンシャルオイルを使ったことはありません。一度だけ、マートルの化膿した刺し傷にティートリー精油を使ったことがあります。膿を絞り出し、その穴にティートリー精油を1滴垂らしました。その後2日間この処置を繰り返し、その後きれいに治りました。
しかし、ティートリー精油の “過剰摂取 “は猫にとって致命的です。記録によれば、ひどいノミ刺され(猫は事前に毛を剃られていたが、ノミに刺された跡はなかった)の治療と、さらなる感染を防ぐ目的で、合計60mLの未希釈ティートリー精油が3匹の猫の皮膚に塗布されました。その日のうちに、1匹の猫は低体温で協調運動不能となり、立つことができなくなりました。もう1匹は重度の低体温と脱水症状で昏睡状態になり、最後の1匹は震えてふらふらしていたとのことです。集中治療の結果、2匹は回復し、1匹は死亡しました(Bischoff and Guale 1998)。
この結果は、1匹の猫に20mLという非常に大量のエッセンシャルオイルが使用されたことを考えれば、驚くべきことではないかもしれません。典型的な猫の体重が3~5kgであることを考えると、これは4.0~6.6mL/kgに相当するのですが、すべてが吸収されるわけではありません。死亡した猫では肝酵素が上昇しており、肝毒性が示唆されました。ティートリー精油は、犬や猫に局所的に塗布して、中毒を起こした症例がいくつか報告されています。ほとんどの症例で、ティートリー精油は不適切な高用量にて、皮膚疾患の治療に使用されていました。観察された典型的な徴候は、抑うつ、衰弱、協調運動不能、筋肉の震えというものでした。それらは臨床症状の治療とサポートケアで、2~3日以内に完全に回復しました(Villar et al 1994)。しかしながら、アロマセラピーに関連した、猫の健康に対する最大の脅威は、おそらくペニーロイヤル精油によるものでしょう。以下の文章は以前Now Foodsのウェブサイトに掲載されていたものですが、現在は削除されています。
『面白い事実:昔、ペニーロイヤルは、これと蜂蜜、胡椒で作った豚料理hog’s puddingの肉詰めに使われていたことから、「プディング・グラス」とも呼ばれていた。ペニーロイヤルはミントの仲間で、フレッシュでミントのような草の香りを放つ。香りは他のミントよりやや強いが、治療効果はそれほど強くない。ペニーロイヤルは、古代人がさまざまな病気に頻繁に使用し、現在も英国ハーブ薬局方で、鼓腸、腸の疝痛、感冒、月経遅延、痛風に推奨されている。しかし、今日のアロマセラピーでの主な用途はペットケアである。ペニーロイヤルはプリニウスがノミ退治に愛用し、現在でもノミの天敵として愛用されている。』
ここにもうひとつの事実があります:猫のノミの治療にペニーロイヤル精油の原液を使うと、猫が死んでしまう可能性があります。ペニーロイヤル精油は、げっ歯類でも人間でさえも、肝臓に毒性があることがわかっているのです。猫に対する毒性については、はっきりしていませんが、毒性が低いということはないでしょう。多くのウェブサイトには、ペニーロイヤル精油に関する警告が掲載されていますが、乾燥させて砕いたペニーロイヤルの葉を使用することはまったく安全です。しかし、1オンス(29ml)入りのペニーロイヤル精油が売られているにもかかわらず、そのペニーロイヤル精油(左参照)にも、上記(関連)サイトにも、(a)ペニーロイヤル精油を原液のままペットに使用しないこと、(b)どの程度薄めれば安全であるか、が具体的に書かれていないのは、心配です。ラベルにある「アロマセラピー」という表現も引っかかります。何をもってして「アロマセラピー目的での使用(原液)」なのか?ペニーロイヤル精油の原液が安全という(アロマセラピー目的での使用の)シナリオは、絶対思いつきません。
ペニーロイヤル精油のラット経口LD50値は400 mg/kg (Opdyke 1974)であるのに対し、ティートリー精油は1,900 mg/kg (Ford et al 1988)であるため、ペニーロイヤルの毒性はティーツリーの約4.75倍と言えます。20mLのティートリー精油を経皮塗布した場合、猫は致死量に達するので、ペニーロイヤルの致死量は4.2mLとなります。十分な濃度があれば、どちらのエッセンシャルオイルもノミを殺すことは間違いないですが、エッセンシャルオイルとネコノミ、イヌノミ、ヒトノミに関する研究は発表されていないのも事実。そのため、猫には無害で、ノミには有毒な濃度がどの程度になるのかがわからないのです。私のアドバイスとしては、ティートリー精油は5%濃度までなら、ごくたまに猫に使っても問題ないだろうし、ペニーロイヤルは1%濃度までなら安全かもしれませんが、おそらくやはり使用は避けたほうがいいだろうと思います。これらの濃度でノミを撃退したり殺したりできるかどうかは私にはわかりませんし、いずれにしてもペニーロイヤル精油はペットのノミ治療薬として使わない方がいいです。分別を持って使用するならば、ほとんどのエッセンシャルオイルは、ペットのグルーミング製品や、低濃度の断続的な空間拡散には、使用しても安全と言えるでしょう。
参考文献
ロバート・ティスランド
国際的に著名な精油関連の研究家。著書『アロマテラピー:(芳香療法)の理論と実際(The Art of Aromatherapy)』(1977)は12の言語で出版され、『精油の安全性ガイド第2版』(2013)は精油の安全性について検討する際の基準として広く認知されている。また、2015年にオンラインスクールとして再始動したティスランド・インスティチュートには世界各地から2000名以上の受講生が集い、一部の講座は日本語字幕版もリリースされている。2023年には、ティスランド・インスティチュート日本語版ウェブサイトが完成。
IFA、IFPA、A I A名誉生涯会員。www.tisserandinstitute.jp
翻訳 池田朗子 M.I.F.A.
1994年以降東京を中心にアロマテラピー講師として活動開始、現在に至る。2000年に英国へ転居後は教育活動の他、日英雑誌への執筆、国際カンファレンスへの登壇、『精油の安全性ガイド第2版』など翻訳も多数手がけている。英国IFA理事(2005〜06年)www.aromaticsworld.com